2025年1月19日 メッセージテーマ「御霊を消さず、預言を軽んじず」
御霊を消してはいけません。預言を軽んじてはいけません。
Ⅰテサロニケ5章19、20
Ⅰテサロニケ5章19-22節
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい」(5:16-18)との教えは、救われたキリストにある人が守ることのできる教えです。それは
必ずイエスの再臨を前提とした教えです。イエスが来られたとき、私たちの苦悩の根源である罪と死を打ち滅ぼされます。イエスを信じる者はすべての苦悩から解放されるだけではなく、イエスと同じようによみがえります。これを根拠とするなら、死の間際であってもこの方にあって喜ぶことができるのです。この教えの次に、「御霊を消してはいけません」という教えが来ます。御霊とは「父なる神、子なる神、聖霊なる神」の聖霊の神のことです。この方が人の救いに直接かかわり、助け主として、罪を教え、神の義をわからせてくださいます。また、この方は語られた聖書のことば(説教)の中で真理を立証してくださいます。私たちが「いつも喜びなさい…」の教えに従うことができるのも、この方の働きによるのです。だから、御霊を消す、つまりこの方の働きを制限したり、妨げてはならないのです。御霊を消さないためには「預言を軽んじ」ないことがどうしても必要です。ここで語られている「預言」とは聖書を語る説教のことです。みことばが語られるということは、そこに聖霊が働かれるということです。それで初めてみことばの真理が立証されるのです。罪の赦しと救われた者の復活をもたらす福音のことばは、聖霊が働いて語るときに成り立ちます。もし、その説教を軽んじることがあるなら、御霊を消すことになります。教会における宣教の働き自体を制限させることになります。また、みことばを語る人も、神のことばではなく、人間の伝統や習慣を語るのなら御霊を消すことになります。御霊を消さず、説教を軽んじないための対策の一つとして、神のことばの吟味と識別を行います(21,22)。 救いが完成していない私たちは、救われても罪の弱さを持っています。ですから、語るべき神のことばの中に良いものと悪いものとがあるのです。語る者は常に吟味しなければなりません。聞く者も鵜呑みにならないように備える必要があります。