2025年4月6日 メッセージテーマ「神のことばを胸に納め」
...それではどうして、人の子について、多くの苦しみを受け、蔑まれると書いてあるのですか。
マルコ9:12
マルコの福音書9章9-13節 No45
イエスが死人の中からよみがえるまでは、御姿が変わった出来事を話してはならないと、イ
エスは強く命じられました。弟子たちがその出来事の意味を理解できるようになるのは、復活
以降となるからです。イエスは復活することによって人間となられる前の本来の姿に戻られる
のです。弟子たちは「死人の中からよみがえる」とイエスが言われたことばが心から離れませ
ん。彼らがこれまで考えたことのないフレーズであるにもかかわらず、胸に納めたのでした。意
味がわからないことばがしっかりと心に留まるのは、真理のことばだけです。それは人の心を
つかみます。そこに神が働くならばなおさらです。毎週聖書のメッセージを聞きますが、全部を
理解することはできないでしょう。その中でも神があなたの心を掴ませたいことばがあります。
ですから、「教えてください」という思いでメッセージを聞きましょう。
弟子たちは一つの聖書のことばを思い出しました(マラキ4:5)。預言者エリヤが来て人々を
立て直し、その後にキリストが到来するという預言のことばです。彼らはこれまで律法学者た
ちから聖書の解釈を教えられていました。それによると、「エリヤはまだ来ていない。それなら
キリストも来ていない」 と。イエスは教えを正して、既にエリヤは来ていると言い、その後に重
要な突っ込みを入れられます。「...それではどうして、人の子について、多くの苦しみを受け、
蔑まれると書いてあるのですか。」 確かに聖書は、栄光と力をもってキリストが到来すること
を預言していますが、同じように聖書はキリストの受難も預言しているのです。「...書いてある
のですか」とイエスは聖書という土俵の上で検討しているのがわかります。弟子たちも同じ土
俵で検討できつつあるのです。イエスがだれかを知るには聖書から考えなければなりません。
その枠から外れた他の文献や自分の考え、実績、能力上でイエスを考えても決してわかりま
せん。エリヤはバプテスマのヨハネのことです。彼らはそのことに気づきました(マタイ17:13)。
ヨハネは首を切られて殉教しました(マルコ6:
23-29)。彼の死は、今後人々がイエスに何を
するかを事前に示したしるしです。ヨハネを拒
んだ人々は、イエスも拒みます。
どうか、聖書からイエスがだれかを考えてく
ださい。「彼らはこのことばを胸に納め、死人
の中からよみがえると言われたのはどういう
意味か、互いに論じ合った。(10 節)」私たちも
弟子たちに倣いましょう。