2025年5月11日 メッセージテーマ「学んで確信したところにとどまれ」

今、私たちの救い主キリスト・イエスの現れによって明らかにされました。キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不滅を明らかに示されたのです。 IIテモテ1:10 テモテへの手紙第二3 章14節 テモテという伝道者が、迷いと恐れ(IIテモテ 1:7)、涙(1:4)の真っ最中です。この頃、クリ スチャンに対するローマ帝国の迫害が激化しつつある頃でした。パウロは捕えられただけでは なく、キリスト教徒の首謀者的存在として、死刑の日が近づいていました(4:6)。このため囚人 パウロから離れていく同労者が多くいました(1:15、4:16)。テモテは主を証しすること、パウロ が囚人であることを恥じてしまいました(1:8)。このテモテにパウロが語ったことばが、「学んで 確信したところにとどまっていなさい」です。迷っていたら確信はできないし、間違ったものを 信じていても同様です。パウロがこの手紙でテモテにまず伝えたことは救いの理解です。「神 は私たちを救い...キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不滅を明らかに示されたので す」(1:9-10)死を待ちながら獄中でこのことばを書いているパウロと、恐れているテモテの違 いは、救いにいのちと不滅が含まれているかどうかです。死を覚悟しているパウロですが(4: 6)、「...あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです」(4:8)とまで、死んだ後のこ とを確信しています。あなたの救いの理解は天上的か、地上的か、どちらでしょうか?さらに、 「主は私を、どんな悪しきわざからも救い出し、無事、天にある御国に入れてくださいます」(4: 18)とも。天上的な希望があるから、今、死ぬほどの苦しみがあっても、クリスチャンは忍耐を もって健全な信仰生活を送ることができるのです。 ですから、キリストについて、救いについて、世の終りについても、聖書が教えているとおり に知らなければならないのです。聖書の不理解のために、こんな栄光ある祝福をわずかしか 知らなかったら、祝福を与えたい神様がいちばん悲しまれます。 また、もし私たちが学んで確信したところに留まることができないなら、教会で「俗悪な無駄 話(無益な話)」が飛び交うことになります(2:16-18)。或いは「愚かで無知な議論も」(2:23)。 意見の違いからの議論があってもよいのです。 ただし、学んで確信した者同士です。互いに 尊重し合うことのできる議論を展開できるでし ょう。争いにはなりません。無益な話も、無知な 議論も戦うべき相手ではありません。避ける べき相手です。 聖書の教えを確信することができるために、 有益な学びをしようではありませんか。そして、 いのちと不滅が実現する御国に向かって進み ましょう。

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