2025年8月10日 メッセージテーマ「自分のいのちを与えるために来た方」
しかし、あなたがたの間では、そうであっ
てはなりません。あなたがたの間で偉くなり
たいと思う者は、皆に仕える者になりなさ
い。
マルコ10:43
マルコの福音書10章35-45節 №57
ヤコブとヨハネがイエスに願い出たことは、御国においてイエスの次に偉い人になりたいと
いうことです。12人の弟子の中で代表的なのはペテロでした。イエスから一番最初に弟子に
呼ばれたからでしょうか(1:16)。二番目に呼ばれたのがヤコブとヨハネでした(1:19,20)。弟
子内の「だれが一番偉いか」(9:34)論争は、もしかしたら一、二番の上位争いからきているか
もしれません。イエスはそのような彼らに、御国で支配する立場に立つ人は苦難を受けなけれ
ばならないと教えます。その支配に立つことが偉いのではなく、自分を低くし、他の人に仕える
ことが、その教えの内容です。
自分が何を求めているのか分かっていない彼らにイエスは、「わたしが飲む杯を飲むことが
できますか」と尋ねられました。旧約聖書において「杯」は、罪に対する神の怒りから来る苦し
みを表します。イエスが飲もうとしているそれは、言うまでもなく十字架上の苦難です。要する
に弟子たちは、イエスのために苦しみに耐えることができるかを尋ねられたのです。イエスの
受難を理解できない彼らが、どうして「できます」と答えられるのでしょう?御国の座がほしい
がための空返事です。イエスは彼らの決意を突き返すことなく受け止められました。確かに、
ヤコブは後に、教会における最初の殉教者となり(使徒12:2)、ヨハネは晩年に厳しい迫害を
受けて島流しにされました(黙示録1:9)。
改めてイエスは、神の国のリーダーは権力を振るわないことを教えました。世の支配者は、
お金、業績、能力、学歴、評判、コネ、人脈を重要とします。「しかし、あなたがたの間では、そう
であってはなりません」とイエスは、この世と「あなたがたの間」つまり今の教会とは違うのだと
いうことを強調します。そこでは仕えることですべてのことを導きます。給仕するしもべ(奴隷)
を意味するのが「仕える」です。御国のリーダーは他者に仕えるのです。教会にもリーダーが
必要です。それは能力、権力で従わせるリーダーではありません。その能力や賜物を用い
て、他者の利益を生み出すのです。「自分の利
益を求めず、ほかの人の利益を求めなさい」
(Ⅰコリント10:24)。これは他者を愛すること
で可能となるものです。これを仕えると言うの
です。
奴隷の仕事である足を洗う行為をイエスが
行ったことは(ヨハネ13:4,5)、この後、十字架
の死をもって罪人に仕えられたイエスの象徴
的行為です。