2025年8月24日 メッセージテーマ「イエス、王として入城 」

娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレム よ、喜び叫べ。見よ、あなたの王があなたの ところに来る。義なる者で、勝利を得、柔和 な者で、ろばに乗って。雌ろばの子である、 ろばに乗って。 ゼカリヤ9:9 マルコの福音書11章1-11節 №59 ガリラヤ地方を中心に宣教されたイエスが、いよいよエルサレムに入られます。過越の祭り が行われていたタイミングで入城されたのは偶然ではありません。過越における様々な規定 が贖い主イエスを指し示すものであるので、定められた時と言えるでしょう。イエスは王として 入城されました。ご自身がそれを主導されています。弟子を遣わし、入城のための子ろばを用 意させ、群衆の大歓声も受け入れておられます。この入城はイエスの強い意志によるもので す。この時、イエスはご自分のことを「主」と呼ぶことを弟子たちに求めました。これまでになか ったことです。「主」は「主人」を意味し、管理、支配的存在です。これまでのイエスは、その逆で 仕える方として歩んで来られました。このタイミングで主と呼ぶことを求めたのは、本来すべて を支配する主であられる方が、仕えるしもべの王としてエルサレムで殺されるからです。信仰 者はこのイエスを覚えなければなりません。イエスは「主の主、王の王」(黙示録 17:14)です。 その方が「しもべの姿をとり…十字架の死にまで従われました」(ピリピ2:6-8)。本来王の入 城手段は、権力と威厳を示す軍馬です。イエスが子ろばで入城されたのは、愛と平和と謙遜 の王を示すためです。 さて、イエスの入城に対する人々の言動に注目してください。「上着」を子ろばに掛けたり道 に敷くことは、献身をあらわし、重要な人物を迎える良き習慣です。「ホサナ」は「どうぞ救って ください」という意味です。「祝福あれ」はイエスがメシアとして国を解放してくださるという祈り の言葉です。「ダビデの子」はユダヤ一般では「メシア」を指していました。旧約のダビデ王が エルサレムの町を建設しましたが、そのダビデのように異国の圧政から解放してくださる方と して呼んでいます。「いと高き所」は「いと高き神」を表します。そうすると、これらを口にした多 くの人たちは、イエスをキリストとして信じて讃えているようです…本当にそうなのでしょうか? イエスが子ろばに乗り王として入城されるこ とは、イエスがお生まれになる700年余前に、 神によって預言されていました(ゼカリヤ9:9)。 ユダヤ人なら皆その預言は知っています。な おさらのこと、人々はイエスをキリストと信じて 受け入れていると思われます。ところが、「ホサ ナ」とイエスを讃えた人のほとんどが、5日後に、 「十字架につけろ」と叫んでいるのです(マルコ 15:6-13)。軍馬でなく子ろば、権力でなく愛、 お金や食べ物がない貧しさからの救いではな く、罪からの救いが気に入らなかったのでしょ うか。あなたなら、あなたのところに来る、この 王をどのように受け入れますか?

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