2025年10月12日 メッセージテーマ「聖書も神の力も知らない」
イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、聖書も神の力も知らないので、そのために思い違いをしているのではありませんか。」
マルコ12:24
マルコの福音書12章18-27節 №65
サドカイ人たちは、「先生(イエス)、モーセは私たちのためにこう書いています」と、申命記25章5節を引用し、復活を信じることが論理的におかしいと示そうとしました。ユダヤの家系を絶やさないために、子がないまま長男が死んだ場合、弟が長男の妻と結婚するというものです。サドカイ人の質問は、長男にはじまり、その男兄弟7人とも死んだ場合、復活した際、7人のうち、いったい誰が妻の夫になるのか?というものです。
そんな彼らに対するイエスの反応は「思い違い」です。彼らは今の世界と、死んだあとの復活した世界とが同じ前提に立って論じていると判断されました。サドカイ人としては、復活はない証拠を提示したつもりですが、イエスから言わせれば、彼らは間違った前提に立って話を組み立てているのです。彼らは聖書も神の力も知らないから思い違いをするのです。神の力とは、新しい世界において神が人々を復活させるときに働かせる力のことです。
神に不可能はありませんが、復活は一大事業です。なぜなら、復活は、最後の敵である死を滅ぼすことでもたらされるからです。復活は死からの復活です。その死は、人が犯した罪の報いとして死を受けます(ローマ6:23)。罪がなければ死はないという理屈ですが、人は自ら罪をなくすことは不可能です。すでに過去の罪の清算さえできないのですから。その罪を赦す権威をお持ちなのがイエスです。それは自分から進んで、身代わりの死を遂げることのできる権威です。一度敗北を喫したイエスですが、その「イエスを、神はよみがえらせました」(使徒2:32)なぜ、よみがえらせたのですか?それは死に勝利するためです。それはイエスを信じる私たちを復活させて、御国の民として、いつまでも主とともにいるためです。これが復活の論理です。
復活のときには、結婚が必要なくなります。神の国では永遠に続く新しいいのちが躍動するので、結婚や子孫を残すことは不要です。しかし、今の世界は死があるので必要です。
イエスは、質問者が愛読する申命記を引用して、神が復活を前提で語っておられることを、彼らに告げました。
聖書が語る復活については、今の世の延長線上で考えたのでは決して理解できません。神の一大事業を理解しようとするのではなくて、示されている聖書を信じることが求められています。