2025年10月19日 メッセージテーマ「最も大切な戒め」
イエスは、彼が賢く答えたのを見て言われた。「あなたは神の国から遠くない。」それから後は、だれもイエスにあえて尋ねる者はいなかった。
マルコ12:34
マルコの福音書12章28-34節 №66
三回目の論争テーマは、「(聖書の)すべての中で、どれが第一の戒めですか?」です。イエスを陥れるための論争を企てる路線の中で、律法学者の一人が、イエスの回答に感動をしてしまいました。イエスの回答は、第一の戒めとして、申命記6章4、5節を挙げました。あなたの心全体、たましい全体、理性全体で、つまり自分の存在のすべてをもって神を愛しなさいという戒めです。その愛も、「私も愛するから、あなたも愛してね」という条件付きの愛(フィレオー)ではなく、相手に対して無償で自らをささげていく無条件の愛(アガペー)です。
イエスは第一の戒めを示しましたが、相手が尋ねてもいない第二の戒めまでお答えになりました。「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。」これはレビ記19章18節です。第一と第二の戒めは結びついています。愛の神との人格的な関係(愛する関係)があって、初めて人との健全な関係(愛する関係)が成り立ちます。さて、この戒めは「自分自身を愛するように」とは、自己愛のことではなく、神が人をご自分に似せて創造されたことに基づくものとして述べられています。神のイメージに似せられた人は、神と永遠に交わるように特別に造られているのです。つまり、人は本来高い価値を持つ者として造られているということです。そういう自分自身を否定しようがありません。当然のように自分を愛するのです。そのように隣人を愛します。この愛もアガペーの愛です。ですから、あなたを必要としている人も、あなたに敵対している人も隣人です。
イエスの回答に心から同意した律法学者の一人は、第一、第二の戒めが、どんな全焼のささげ物やいけにえよりもはるかにすぐれていると言いました。大切にしてきた伝統や儀式よりも、愛することが重要だと理解したということです。ユダヤ人たちは、神殿で決められたとおりの形式で礼拝をすることが神を愛することだと信じていました。では、彼は神を愛しているのでしょうか?隣人を愛しているのでしょうか?実際にイエスは彼を賢いと褒めていますが、イエスが彼に言われたことは、「あなたは神の国から遠くない」(12:34)です。遠くはないけれど、神の国の支配には入っていないのです。イエスの教えを理解はしているが、イエスを信じて受け入れているわけではないからです。
クリスチャンの方々、礼拝を熱心かつ忠実に守ることと、神を愛することは違います。信仰をお持ちでない方々、恐らく「神を愛する」ということがどういうことか、分かり得ないと察します。最も大切な戒めに掛かっている覆いが取り除けられることを祈ります。