2025年11月2日 メッセージテーマ「キリストとは?」
イエスは宮で教えていたとき、こう言われた。「どうして律法学者たちは、キリストをダビデの子だと言うのですか。」
マルコ12:35
マルコの福音書12章35-37節 №67
四回目の論争テーマは、「キリストとはどのような方なのか?」です。イエスから持ち掛けた質問です。「キリスト」とは神に油注がれた特別な者という意味です。教会ではキリストを「救い主」と呼びますが、その意味だと、十字架と復活により罪から救う方となります。キリストが行ったことは、救いに始まり、神の国の新しい創造と、救われた者がそれを引き継ぐところまでです。「救い主」は始まりの部分に過ぎません。
さて、ユダヤ指導者たちのキリスト理解は「ダビデの子」です。それは、「ユダヤ教の権威ある伝承からするとダビデの子」という理解です。イエスはあなた自身の考えを聞きたいのです。歴史で学んだキリストでも、常識としてのキリストでもなく。「ダビデの子」は間違っていませんが、不十分です。「聖書はこう言っているのに、どうしてダビデの子?」とイエスは言っておられます。その聖書とはダビデ自身が記した詩篇110篇1節です。「主(ヤーウェ)は、私(ダビデ)の主(アドナイ)に言われ…」 ヤーウェは父なる神、アドナイはキリストです。問題はダビデが「私の主」と言っている部分です。ユダヤ指導者たちが言うように、キリストはダビデの子であることは間違いないことです。イスラエルの二代目の王がダビデで、その王位継承の31代目がイエスキリストになります。でも、二代目が31代目に「私の主」と確かに言っているのです。この詩篇のことばは、「聖霊によって、こう言っています」とイエスが言われたとおり、神の霊感を受けた神のことばそのものです。指導者たちも認めています。つまり、神が「私の主」と言っているわけです。それをどう受け取るのか…そういう論争です。しかも聖書は、ダビデの主が神の「右の座に着」く方と述べています。権威を授かった方が戦いを終え、王として統治される姿のことを言っているのです。その統治の仕方は「あなたの敵をあなたの足台とする」と述べています。Ⅰコリント15章24-26節でパウロは、足台とする敵を、最後の敵である死と述べ、その統治者がキリストであると告げています。キリストは明らかに人間の限界を超えた神として存在されるお方なのです。イエスはご自分から質問することで、「キリスト」がダビデの主であることを訴え、ユダヤ指導者たちの間違いを打ち砕こうとしています。非常に挑戦的です。
この議論は聖書に立ったところで行わなければなりません。その聖書解釈も自分本位なものではなく、聖霊に導かれたものでなければなりません。以前、「あなたは生ける神の子キリストです」(マタイ16:16)とペテロが答えたのは聖霊によるものです。あなたはどうですか?